『ワイズカンパニー: 知識創造から知識実践への新しいモデル』
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目次
まえがき
第Ⅰ部 新しい理論的基盤
第1章 知識から知恵へ
1 持続的なイノベーションがもたらす長期的な繁栄
ホンダジェットの二人のリーダーとストーリーライン
創業者の夢
継承者のプラグマティズム
二〇〇六年、藤野はホンダエアクラフトのCEOに就任した。同社が米国連邦航空局(FAA)から認可を取得するまでには、さらに九年かかった。認可をもらうためには、二〇万項目について合計二〇〇万ページに及ぶ書類を提出する必要があった。これほどの書類と項目の多さを突きつけられては、細部を大事にしないわけにはいかなかった。
藤野のプラグマティズムは、ホンダの航空機部門の責任者となったことで、いっそう顕著に発揮された。たとえば、開発チームの編成を、業界平均の三分の一から四分の一という小規模なものにした。チームの人数が少なければ、エンジニア全員がスペシャリストとゼネラリストの両方を兼ねなくてはならないので、おのずと問題解決のサイクルが速まるというのが藤野の考えだった。
同じように、一つの格納庫内で、飛行機の胴体とエンジンの両方の開発に取り組んだ。そうすることでチームが「森と木」を同時に見られ、最適な解決策を見つけやすくなった。翼はオールカーボンにせず、部分的にアルミニウムを使うことで、コストの抑制が図られた。
二人のリーダーの物語を合わせてみる
藤野は次のように述懐している。「給料とか昇進とかいった対価だけで動機づけを保ち続けることは、長期にわたってチャレンジし続けなければならない飛行機開発では、いつか限界がくると思います。(中略)そこで、できるだけ大きな成果、たとえばホンダジェットを作ることで世の中に貢献するとか、航空機産業に貢献するとか、そういったより大きなビジョンを明確に示すことが、皆の強い動機づけになると考えてやってきました」
2 長期的な繁栄
使命、ビジョン、価値観の大切さ
使命(目的)……自分たちの会社は何のためにあるのか。
ビジョン(夢)……どういう未来を築きたいと、自分たちは思っているか。
価値観(信念)……どういう価値観や信念ビリーフを、自分たちは大事にしているか。
知識を実践することの重要性
ホンダジェットの事例で指摘したとおり、藤野はプラグマティストだった。その仕事の仕方には、「粘り強い」「実際的」「現実的」「行動志向」「細部重視」という表現が当てはまる。一言でいえば、「いま・ここ」で物事を成し遂げることを重んじるのが、藤野である。
①現在、どういう行動を取るかで、どういう未来が築かれるかは決まる。
②だから、未来の可能性を最大限に高められるよう、「いま・ここ」を生きるべきである(詳しくは、第2章で論じる)。
リーダーシップの役割
3 ワイズリーダーとワイズカンパニー
日本の企業に対しても、十分に資本主義的ではないことへの批判はある。つまり、投資家にすみやかに資本利益を還元していないとか、短期的な株主価値を最大化していないとか、オフショアリングへの切り替えが遅いとか、コスト削減のための解雇をしていないとか、経営トップの動機づけになる高額の報酬パッケージがないといった批判である。
しかし、それは裏を返せば、優良企業とは、社会との調和を保ち、生き方として共通善を追求し、道徳的な使命感の下に事業を営み、住みやすい未来の世界を思い描き、組織全体で実践知を育み、戦略の中心には人間を据えるものだという信念が残っていることを意味する。
資本主義の下では一般に、企業と社会はどうしても対立し合う。そこから生まれたのが、サーベンス・オクスリー法や、法令遵守や、四半期報告書などに代表される、人間の相互不信に基づいた諸制度である。日本の優良企業は運さえよければ、資本主義に新しい共同体主義の手法を取り入れることで(賢慮の資本主義)、企業を社会と調和させ、人間の相互信頼に基づいたものにすることができる。
それは理想論だと思う方もいるだろう。しかし企業は新しい未来を築かなくては、生き残れない。単なる過去の延長では新しい未来にならない。そこには思い切った挑戦が必要になる。リーダーは経験的なデータや演繹的な推論によって状況を分析するだけで安心してはならず、自分の理想と夢に基づいた帰納的な跳躍を求められる。そもそも理想主義でなければ、原理的に、新しい未来を築くことはできない。
シリウス・インスティテュートの設立者で、一橋大学大学院国際企業戦略研究科の客員教授である舩ふな橋ばし晴雄は、日本企業の長寿命の秘訣について、二〇〇九年の著書で次のように要約している。
明確な価値体系、ビジョン、使命感
長期的な視点
人を大事にする人道主義的な経営
顧客第一の意識
社会意識
持続的なイノベーションと内部の改革
倹約と、天然資源の有効利用
文化や遺産を継承・創出しようとする努力
社会の軋轢は健康や社会の問題とつながっており、寿命、信頼度、心の病、殺人、一〇代の出産、幼児死亡率、収監率、肥満、識字率、社会的流動性に影響を及ぼす。所得不平等の指数と、健康・社会問題の指数を合わせた数字では、日本が先進国の中で最も成績がよく、米国が最も成績が悪い。この違いを生んでいるのはワイズカンパニーである、というのがわれわれの考えである。
ワイズカンパニーとは、先に述べたとおり、ワイズリーダーに率いられた企業のことをいう。ワイズリーダーは、組織の中でメンバーの知恵を育もうとする取組みが絶え間なく続けられることで初めて生まれる。
4 本書の旅程
SECI行き詰まり症候群
補論 二種類の知識
前著のおさらいをしておこう。暗黙知と形式知という知識の分類は、知識には二つの相反する面があることを表している。暗黙知は、個人的なものであり、特定の文脈に依存し、感情と密接に結びついている。
したがって明確に言葉にしたり、人に伝えたりするのが難しい。個人の行動や身体的な経験のほか、主観的な直観や直感、理想に深く根差した知識である。一方、形式知は、容易に文章化し、計量化し、一般化できる。言葉や、数字や、データや、絵や、公式や、マニュアルとして表現することも、定式化された言語で伝達することも可能な、客観的、合理的な知識である。
ここで注意してほしいのは、この二つの知識の違いは、あくまで程度の違いであり、両者は別個のものではないことである。二つの知識はそれぞれひとつながりのものの別の側面を表している。暗黙知という膨大な知識の氷山の一角として見えているのが、形式知である(図1‐1)。マイケル・ポランニーが言うように、「知識はすべて暗黙知か、暗黙知に根差したものかのどちらかである」。
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第2章 知識実践の土台
1 哲学における知識実践
知識実践とアリストテレス
フロネシスはコンテキストの技術
本節の冒頭で、知識実践の起源はフロネシスにあると述べた。なぜそういえるのか。それは『ニコマコス倫理学』を注意深く読むと、アリストテレスがそのように考えていたと思える理由がいくつか見つかるからである。
第一には、フロネシスは、「行動」を起こすことにかかわるものであると言うこと。言うまでもなく、行動のない実践はない。
第二に、フロネシスはその場に固有の状況、言い換えるとその場の「文脈」にふさわしい最適の行動を取ることにかかわるものであるということ。やはり言うまでもないが、現実は時とともに変わるものである。
第三には、フロネシスは「善」の行動を起こすことにかかわるものであるということ★6。倫理的に優れた判断をするほうが劣った判断をするよりもよいことは明白である。
第四には、フロネシスは「目的」に合致した行動を起こすことにかかわるものであるということ。アリストテレスが指摘するように、目的は状況に応じて異なりうるが、高尚な目的ほど、社会のためになる。
以上から、フロネシスを理解するうえで鍵となる語は「行動」「文脈」「善」「目的」であることがわかる。ゆえに、われわれはアリストテレスのフロネシスという概念がわれわれの知識実践という考え方の土台になると確信したのである。第1章で述べたとおり、知識実践にはまさにこの四つの要素が入っている。
フロネシスの重要性については、少しずつ学者や経営幹部たちに認識されるようになってきた。しかしアリストテレスが概念化した知識の諸形態の中で、フロネシスはいまだに最も知られていない知識である。エピステーメーは科学と直接結びつき、テクネーは工学とのかかわりを持つが、フロネシスにはそのようなつながりが一切ない。
ヨーロッパの哲学における知識実践──現象学
米国哲学における知識実践──プラグマティズム
2 知識実践とポランニー
3 脳科学における知識実践
体と脳
知識実践の動的なルーツ
脳の社会志向性
4 社会科学における知識実践
5 第2章のまとめ
第3章 知識創造と知識実践のモデル
1 SECIモデルの再考
2 JALの再建
JALにおけるSECIプロセス
3 SECIスパイラル
六〇年で六回SECIが行われたシマノ
4 SECIスパイラルの上昇
原動力としてのフロネシス
エーザイにおけるSECIスパイラルモデルの働き
5 第3章のまとめ
第Ⅱ部 ワイズカンパニーの六つのリーダーシップの実践
第4章 何が善かを判断する
1 生き方として共通善を追求する
「いま・ここ」で賢明な判断を下し、行動を起こす
2 善についての判断力を育む
3 第4章のまとめ
補論 七人の大哲学者の思想のエッセンスを一行で要約した例
第5章 本質をつかむ
1 本質をつかむとはどういうことか
身体的な経験を通じて本質をつかむ
顧客に対する共感
細部への注意と根気強さ
個別的なことの中に普遍的な真理を見出す
シンプルさと精神の集中を深める
利他の本質を知る
本質を素早くつかむ
変化に適応する
科学ではなくアート
2 本質をつかむ能力を育む
徹底的に問う
木と森を見る
仮説を立て、試し、検証する
3 第5章のまとめ
第6章 「場」を創出する
1 「場」を築くとはどういうことか
JALにおける「場」の創出
シマノにおける「場」の創出
エーザイにおける「場」の創出
ウォルマートにおける「場」の創出
バーチャルな「場」の創出
2 「場」を創出する能力を育む
垣根を作らない
タイミングを見計らう
セレンディピティを引き出す
本音で話す
共通の目的意識を育む
コミットメントの範を示す
3 第6章のまとめ
第7章 本質を伝える
1 レトリックの力
ロゴス、パトス、エトス
本田宗一郎の宣言
2 メタファーを使って本質を伝える
メタファーとしての「フェラガモ」と「次の電柱まで走ろう」
トヨタの「モリゾウ」と野球のメタファー
スポーツのメタファー
子どものメタファー
3 物語を使って本質を伝える
スティーブ・ジョブズの三つの物語
本田宗一郎一代記
物語形式で述べる三井物産
柳井正の物語
4 本質を伝える能力を育む
小説を読む
心に残るスピーチからレトリックを学ぶ
率直な会話を交わす
歴史的構想力を効果的に使う
5 第7章のまとめ
第8章 政治力を行使する
1 人を行動に駆り立てる
狡猾なリーダー
東北での救援活動で力を発揮したマキャベリズム
マキャベリズムの手段で生き延びた南極遠征隊
現実の歪曲
2 矛盾を受け入れ、総合する
トヨタにおける生き方としての矛盾
3 政治力を育む
弁証法の利用
ミドル・アップダウン・マネジメントの適用
肯定的な反抗を奨励する
4 第8章のまとめ
第9章 社員の実践知を育む
1 社員の実践知を育む
経営トップによる自律分散型リーダーシップへの積極的な関与
チームの力
クリエイティブ・ルーティン
トヨタにおける「型」
「型」の実践としての守・破・離
2 社員の実践知を育む方法
現代版の徒弟制度またはメンター制度
社内に「全員経営」の意識を浸透させる
即興の活用
ダイナミックなネットワーク型組織
3 第9章のまとめ
エピローグ 最後に伝えたいこと
1 人間中心の経営
なぜ人間か
2 イノベーションのゼロから一〇へ
ゼロから一へ
一から九へ
九から一〇へ
3 生き方としての経営
4 橋を渡る
謝辞
日本語版あとがき
参考文献
用語一覧
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まえがき
第Ⅰ部 新しい理論的基盤
第1章 知識から知恵へ
1 持続的なイノベーションがもたらす長期的な繁栄
ホンダジェットの二人のリーダーとストーリーライン
創業者の夢
継承者のプラグマティズム
二人のリーダーの物語を合わせてみる
2 長期的な繁栄
使命、ビジョン、価値観の大切さ
知識を実践することの重要性
リーダーシップの役割
3 ワイズリーダーとワイズカンパニー
4 本書の旅程
補論 二種類の知識
第2章 知識実践の土台
1 哲学における知識実践
知識実践とアリストテレス
ヨーロッパの哲学における知識実践──現象学
米国哲学における知識実践──プラグマティズム
2 知識実践とポランニー
3 脳科学における知識実践
体と脳
知識実践の動的なルーツ
脳の社会志向性
4 社会科学における知識実践
5 第2章のまとめ
第3章 知識創造と知識実践のモデル
1 SECIモデルの再考
2 JALの再建
JALにおけるSECIプロセス
3 SECIスパイラル
六〇年で六回SECIが行われたシマノ
4 SECIスパイラルの上昇
原動力としてのフロネシス
エーザイにおけるSECIスパイラルモデルの働き
5 第3章のまとめ
第Ⅱ部 ワイズカンパニーの六つのリーダーシップの実践
第4章 何が善かを判断する
1 生き方として共通善を追求する
「いま・ここ」で賢明な判断を下し、行動を起こす
2 善についての判断力を育む
3 第4章のまとめ
補論 七人の大哲学者の思想のエッセンスを一行で要約した例
第5章 本質をつかむ
1 本質をつかむとはどういうことか
身体的な経験を通じて本質をつかむ
顧客に対する共感
細部への注意と根気強さ
個別的なことの中に普遍的な真理を見出す
シンプルさと精神の集中を深める
利他の本質を知る
本質を素早くつかむ
変化に適応する
科学ではなくアート
2 本質をつかむ能力を育む
徹底的に問う
木と森を見る
仮説を立て、試し、検証する
3 第5章のまとめ
第6章 「場」を創出する
1 「場」を築くとはどういうことか
JALにおける「場」の創出
シマノにおける「場」の創出
エーザイにおける「場」の創出
ウォルマートにおける「場」の創出
バーチャルな「場」の創出
2 「場」を創出する能力を育む
垣根を作らない
タイミングを見計らう
セレンディピティを引き出す
本音で話す
共通の目的意識を育む
コミットメントの範を示す
3 第6章のまとめ
第7章 本質を伝える
1 レトリックの力
ロゴス、パトス、エトス
本田宗一郎の宣言
2 メタファーを使って本質を伝える
メタファーとしての「フェラガモ」と「次の電柱まで走ろう」
トヨタの「モリゾウ」と野球のメタファー
スポーツのメタファー
子どものメタファー
3 物語を使って本質を伝える
スティーブ・ジョブズの三つの物語
本田宗一郎一代記
物語形式で述べる三井物産
柳井正の物語
4 本質を伝える能力を育む
小説を読む
心に残るスピーチからレトリックを学ぶ
率直な会話を交わす
歴史的構想力を効果的に使う
5 第7章のまとめ
第8章 政治力を行使する
1 人を行動に駆り立てる
狡猾なリーダー
東北での救援活動で力を発揮したマキャベリズム
マキャベリズムの手段で生き延びた南極遠征隊
現実の歪曲
2 矛盾を受け入れ、総合する
トヨタにおける生き方としての矛盾
3 政治力を育む
弁証法の利用
ミドル・アップダウン・マネジメントの適用
肯定的な反抗を奨励する
4 第8章のまとめ
第9章 社員の実践知を育む
1 社員の実践知を育む
経営トップによる自律分散型リーダーシップへの積極的な関与
チームの力
クリエイティブ・ルーティン
トヨタにおける「型」
「型」の実践としての守・破・離
2 社員の実践知を育む方法
現代版の徒弟制度またはメンター制度
社内に「全員経営」の意識を浸透させる
即興の活用
ダイナミックなネットワーク型組織
3 第9章のまとめ
エピローグ 最後に伝えたいこと
1 人間中心の経営
なぜ人間か
2 イノベーションのゼロから一〇へ
ゼロから一へ
一から九へ
九から一〇へ
3 生き方としての経営
4 橋を渡る
謝辞
日本語版あとがき
参考文献
用語一覧